8月15日
職場最後の日
ここに来るのは今日が最後なんだなあと感傷に浸ってしまいました。お別れパーティにはたくさんの同僚や学生さんがお別れの挨拶に来てくれま
した。心温かい同僚に見守られて、ここまでやってくることができました。大学院では学べなかったこと、職場で同僚からたくさん学ぶことが出来ました。うち
のオフィスには、マーティンもお昼休みによく出入りしていて、マーティンも同僚とお友達になっていました。「僕は、オフィスを歩いていても泥棒ではないの
で。盗むのは美紀だけ。でもお昼休みが終わったらちゃんと返します。」なんて言って、同僚達に気に入られていたマーティン。感謝の気持ちで一杯です。本当
に楽しい社会人生活でした。
8月14日
人は見かけによらず-その2
別のオフィスで働く同僚W。白髪に長い白髭を生やしていて、英文学の博士号を持ち、とてもエリートの雰囲気。仕事上の会議の際に、お昼の
テーブルを共にしたことがあったが、何だか堅苦しいエリートという感じで、なかなか会話の種も見つからず、とっつきにくい人だと思っていました。そんな私
に転機が訪れたのは、たまたま、マーティンとキャンパス内をあるいていて同僚Wとすれ違った時。マーティンを紹介し、チェコ出身だと知ると、その同僚は、
今まで見たことも無いリラックスしたでれでれ顔で、ビールの話をし始め、マーティンと盛り上がってしまいました。
「何だあ。実は、単なる、ビール好きのおじさんだったんだあ!」それ以来、すれ違っても、にっこり笑顔。勤務終了後にすれ違った時、「今から、今夜飲む
ビールを買いに行くんだ!」とルンルンの足取りで帰宅していたときもありました。
8月13日
人は見かけによらず、でも育ちは隠せず
うちのオフィスの同僚S。レスビアンで、とても男性らしい女性。髪も男性以上に短く刈って、スカートは絶対にはかず、いつもズボン。フォー
マルな場では、
スラックスにネクタイで、かっこいいのです。常にレディーファーストで、女性の友人や同僚と一緒のときは必ずドアを開け、重いものは持ってくれる、その辺
の男性以上に男性らしいのです。いつもきちんとスニーカーを履いており、素足を見せることは絶対になく、服装は、ブランド物とかおしゃれな物ではなく、清
潔感のあ
る素朴なもの。言いたいことは、ずばり直接言うタイプで、かなり迫力のある雰囲気で、歯切れのよい彼女。高価な物とかには全く執着がないし、結構質素な生
活をしています。自分があ
まりお金が無くても、常に人におごろうとする彼女。趣味や嗜好は異なるのに、なぜか気が合い、オフィスの中では最も親しい同僚なのです。相性ってとても不
思議。
そんな彼女と2年程前、ある仕事上の会議で出張したときに、同じホテルの部屋に宿泊することになり、数日間ずっと一緒に行動することがありました。その時
に気が付いたのは、彼女の洗練されたマナー、その辺の日本人のマナーの数倍はよく、この人、何だかとてもお育ちがよさそうと漠然と感じたのです。
その後、仕事中のおしゃべりで分かったのは、彼女は地元でよく知られた裕福な家庭のお嬢様で、淑女になるよう育てられたらしく、18歳までは男女交際を禁
じられていて、18歳には、純白のドレスを着て社交界にデビュー。そのための準備として、お茶の入れ方や出し方のマナーや、社交ダンスなどを、上流階級の
淑女としての作法を学ばされたそう。もちろん、彼女は、そんな、人がうらやむ裕福なお嬢様の世界に興味のかけらも無く、高校卒業後、しばらく家を出て、マ
クドナルドで働いたり、ニューヨークで短期間ホームレスしたり、色々な人生経験を積み、20代終わりに自分の意思で、大学に戻ったそうです。
8月9日
不思議な外見?
ルツカを連れて、同じ年頃の赤ちゃんのいる友人宅を訪問。生後間もない頃のルツカしか知らない友人夫妻によると、ルツカは私に似ているけ
ど、日本人に見えないとのこと。マーティンも同感だそう。
私に似ている=日本人に見えない?????
そんなことがあっていいのでしょうか?
8月5日
橋が崩壊!!!
6日間ほど、家探しにニューヨークに滞在している間に、近所の高速の橋が崩壊してしまい、大ショックです。ニュースは日本やヨーロッパでも
流れたようで。犠牲者のことを考えると、いたたまれない気持ちになります。私達もよく通っていた橋だし、市内の交通の要所だったため、市民のショックは大
きいようです。
話はそれますが、家探しのためにニューヨーク州に一週間弱滞在中、近郊のバーモント州の小さな街、Benningtonを訪れてみました。ニューイングラ
ンド的な丘続きの田舎を
運転するのはとても気持ちいいです。そこの美術館で、初めて、
Grandma
Mosesという画家の展示を観賞する機会があり、彼女の、ニューイングランドの田舎をテーマにした作品にとても魅かれました。

美術館の前庭は静かでとても落ち着きました。

かわいらしい町役場

田舎チックに装飾されたお土産店とアートギャラリー。

全然関係ないけど、マーティンが勤務先となる会社の入り口。
7月18日
ニューイングランド デビュー
9月に訪れる今年の誕生日の週末。「ニューイングランドの小さな街のチャームと自然に触れてのんびり」をテーマに、今回はお隣マサチュー
セッツ州の
Stockbridgeという街と、そ
の周辺を訪れることにしました。有名な画家、Norman
Rockwellが住んでいた街なので、
Norman
Rockwell美術館があります。"I mean Stockbridge is the best of America,
the best of New England." と彼に言わせたこの街。メイン通りは、彼の作品にも描かれています。
Stockbridgeは、マサチューセッツ州の西側の、ニューヨーク州との州境に近いので、家から車でわずか一時間弱。十分に日帰りでもOKな距離なの
だけど、のんびりしたいので、
Lenoxという近郊の街の、丘の上にたたずむ
ビ
クトリア風のB&Bに宿泊することにしました。Lenoxは、夏の間にボストン交響楽団が滞在して音楽祭を行なうことで有名。音楽祭の時期は、宿
泊場所を探すのが困難らしいのですが、家からは日帰りの距離なので助かります。また、ニューイングランド地方は、秋の紅葉の美しさで有名。紅葉の季節に
なったら、週末にバーモント州にでもお出かけしてみようと思っています。
7月17日
Dr. Vysohlid!
マーティンの博士論文の口述試験の発表を聞いてきました。いつものことなのだけど、英語なのに、聞いていて全然理解できません。全然意味不
明の「?????」の世界の真っ只中の私を除いて、他の聴講者達は教授や関連分野の博士課程の学生達。もちろん話の内容を理解しているので、興味深そうに
聞いていた。みんな賢そう!!!マーティンの発表を聞く度に、「この人、こんな難しそうなことを頭の中で考えて暮らしているのねえ。」と新鮮な気分になり
ます。
ちょっとしたお菓子と飲み物も用意するのが恒例で、私が担当したのだけど、朝出勤直前になって初めて、去年の夏にNiagara On The
Lake
で買ってきた、花柄のとても乙女チックなペーパーナプキンしかないことに気が付く。時すでに遅し。案の定、私と審査員の女性教授を除いてすべて男性でし
た。すみませーん、ほとんど男性ばかりの、アカデミックな雰
囲気に全然合っていません。
話はそれますが、
Niagara On
The Lakeは英国風のかわいらしい小さな町で、とにかく可愛いお店や建物がずらりと並び、私のお気に入りの街です。ナイアガラの滝方面に行
かれる方に
は、ぜひぜひお勧めです。メイン通りの紅茶屋さん(Victoria Gallery and
Teas)には、本当に多種類の良質の紅茶が売っていて、私達は、昨年、メープルシロップ茶とナイアガラデザートワイン茶を買って帰りましたが、どちらも
絶品でした。ついでに、ミニチュアのティーセットも買ってみました。ワインの産地なので、ワイナリーも至る所にあり、ワイン好きの方にもお勧めです。
おつかれさま!
7月15日
一期一会
2004年の春に、今のオフィスに移るきっかけとなった貴重な出会いがあった。ニューヨークを本拠地に世界中で活躍する黒人ジャズ音楽家、
バスターウィリアムさんとの語らいの機会。公演のためにミネアポリスを訪れており、昼間にたまたま近所のコミュニティーセンターに、ほぼお忍びに近い形で
いらしていた。(ジャズファンならおそらく知っているバスタ-のホームページは
こちらから。)バスターの来訪な
んて予期していなかった私。突然バスターが現れたときにはちょっと驚いた。
当時、仕事にも慣れてしまっていて、何だか物足りなさを感じていたことと、もう少し手を伸ばしたい分野があるものの、どの方向に足を踏み出していけばいい
のか分からず、壁にぶつかったような気分で悶々としていた。そこで、バスターに、同様の経験があるか伺ったところ、「もちろん!」とのことだった。そこ
で、彼から、生涯忘れることのない、とても貴重なアドバイスをいただき、その通りに従ってみたところ、もっとやりたいことが出来る今の職場に移る機会が目
の前に現れてきたのである。
高等教育の分野の私と、プロのジャズ音楽家の彼。お互い、やっていることは全く異なるけれども、共通の経験を語り合え、心が通った瞬間だった。大スターの
イメージのバスターだが、目の前で会ってみると、誠実で謙虚な普通のおじさんという雰囲気だった。今度はニューヨークでバスターに会う機会があったら、お
礼を言ってみようと思う。でも、覚えているかな?私のこと?
7月8日
色々挑戦!
出産報告のメールを出しているときに気が付いたこと、「私、こんなにたくさんの同僚と仕事てきたんだあ。」
マンモス大学で働いている上に、与えられた最低限の仕事のみならず、他の全大学レベルでの機会に色々顔を出していたこともあり、それはそれは、ものすごい
同僚の数でした。今になって振り返ってみると、全大学からの職員が集まる2つの委員会に参加し、両方とも、最後には委員長を務めたり、学内の情報誌に記事
を出稿したり、メディアにも顔
を出したり。色んなことがあった社会人生活でした。
ボスのお勧めで、インタビューを受け、地元のアジア系アメリカンの新聞に紹介されたり(私、アメリカ人じゃないのですけど、いいのでしょうか?)
記事を出稿後、自分の書いた記事に自己嫌悪し、出版後しばらく開く勇気がなかった情報誌。出版3ヵ月後ぐらいに、どうも気になってついに開いてみたら、何
と一番最初のページに私の記事が。どうしてよりにもよって一番最初に!と顔から火が出る思いでした。(教訓:日本語でも文を書くのが苦手な人は、絶対に外
国語での投稿を引き受けるべからず!)
「なせばなる!」をモットーに、図々しく引き受けた仕事も。アメリカ
の職場のいい所は、そういう、「なせばなるから、やってみよう!」的な
態度をとても奨励してくれることです。
7月5日
退職宣言
ついに職場の上司や同僚に8月に仕事を辞めることを宣言。ボスは、「We would be devastated to lose
you.」と言ってくださり、同僚達も突然のニュースに驚いたよう。アメリカに来てちょうど10年。振り返ってみると、大学院生活、就職、大学での教鞭、
結婚や出産等、本当に色々なことを経験して学ぶことが出来た10年間でした。
話は少しそれますが、育児休暇中に、ある博士課程の日本の女の子から、博士論文のためのインタビューを受けました。日本女性とタイの女性
の、「女性のキャリア」に対する認識の比較をテーマにし、卒業後、アメリカ人との結婚以外の理由でアメリカに残って働くことになった日本人女性を対象にイ
ンタビューしているとのことでした。でも、はたして彼女が望んでいたような答えやためになる情報を提供することが出来たのかどうか。
「留学生活で主に学んだことは何ですか?」と聞かれても、学生生活を終えて長いので、当時感じていたことなど、正直覚えていないし、自分のことでもアメリ
カ社会のことでも、社会人になって学んだことの方がはるかに多い。私にとっては、アメリカ生活の極みは、卒業後の社会人生活と言っても過言ではない。しば
らく思い出そうと頑張った後、ようやく、頭に浮かんできた答えは、
「アメリカに来る前は、新しいものを見たり、新しいことを経験することで、自分が成長出来ると思っていたけど、特にケニアから帰ってきた後痛感したのは、
知らない世界に手を伸ばしてばかりではなく、自分が既に持っているもの、自分の中にすでにあるものを認識して大切に育むことも成長の過程なのだということ
です。」
性格的に新しいことや知らない世界にばかり手を伸ばしがちな私が学んだ貴重なレッスンです。新しい世界に手を伸ばしたりといった、自分のエネルギーを外に
向ける時と、学んだことを吸収して消化したり、自分らしさを認識したりするという、自分のエネルギーを内面に向ける時のバランスってとても大切だと思いま
す。
「卒業後、日本に帰国せずにアメリカに残ろうと思ったのはどうしてですか?」 この質問に対し、他の女性の多くが、日本は男性社会なので、女性のキャリア
アップが難しいし、アメリカナイズしたために、日本社会にはまるのが難しいからと答えたそうです。で、私の答えはというと?
「日本は、バケーションが短いから。私にとっては、バケーション(有給休暇)の長さがとても大切なんです。」
「アメリカ生活の中で、やり残したこととか、こうしていればよかった、もしくは、こういう選択をしていればよかったといったことはありますか?」
(しばらく考える)「全くありません。」
「今後、どういった方向のキャリアアップを考えていますか?」
(しばらく考える)「今のところ未定です。今の仕事結構好きなので。専業主婦になってみるのもいいと思っています。」
「これからもずっとアメリカに残る予定ですか?」
「アメリカに憧れや執着があるわけではないし、主人がアメリカ人でもないので、カナダやヨーロッパに将来的に移ってもいいのではと思っています。」
「アメリカ生活もう満腹なんですね!」
「多分そうなんでしょうねえ。」
全然彼女の博士論文のためになっていない回答ばかり。ごめんなさあい。出産後間もない育児休暇中の、キャリア志向からはかけ離れた子育てモードの当時の私
は、もうすぐ博士課程を修了予定のキャリア志向バリバリの彼女の期待していたような答えを提供できなかったけど、どの質問にも正直に答えた私です。
7月4日
Bubba Gump Shrimp
ついにBubba Gump
Shrimpに行ってきました。昨年の新婚旅行の際に、ハワイ島で初めて見て以来、気になっていた全国チェーンのこのレストラン。このレストランは、映画
「フォーレストガンプ」をテーマにした、海老専門のレストラン。店内も、木造で、古き良き田舎のアメリカチックに
飾られていて、至る所に映画の名句が書かれていたり、登場人物の写真が飾ってあったり、とにかくとても面白い。このレストランのホームページは
こちら。
ウェイターに来て欲しいときは、「Stop Forrest Stop!」のサインを。 そうでない時は、「Run Forrest
Run!」のサインにしておかなければなりません。ドリンクのメニューは、本当の卓球のラケットについています。
海老のみならず、バーベキューや他のお魚料理も注文できます。今回は、4種類の海老のバスケットを注文しました。クラムチャウダーも冗談抜きで美味しかっ
たです。海老嫌いのマーティンは、マヒマヒというお魚の料理を注文。私達、マヒマヒが大好きなのです。ハワイでは、味噌ソースのマヒマヒを食べまくりまし
た。このレストランの味は結構いけますよ。嬉しくて、つい写真を一枚。気取った高級レストランではないので、まあいっか。
ミネアポリスでは、このレストランは全米で最も大きなショッピングモール、「Mall of
America」の中に入っています。NY州に引っ越してしまうと、一番近いレストランはNYC。遠すぎ!引っ越す前に、もう一度行かねば。
海老が基本的に嫌いで、ショッピングモールが大嫌いなマーティンがどうして一緒に来る羽目になったのかと言うと。。。。
土曜日から火曜日の朝まで、マーティンのご家族のお世話をよくした私へのお礼。金曜日には、お仕事を午前中で切り上げて、夜の10時まで家の中の掃除とお
片付け。土曜も、朝6時から、4時過ぎにご家族が到着する直前まで、ひたすら掃除に片付け。マーティンは、金曜日から風邪で寝込んでしまい、準備のほぼす
べてが私の肩に。おまけに、月曜日は、予定外に博士論文の修正のため、朝から夕方まで大学に行くはめになってしまい、お世話がすべて私の肩にずしり。家に
いても、あまり気が利かないし。仕事量が増えるのみでなく、習慣も味覚も異なる、それも夫のご家族が3泊4日宿泊していれば、たとえいい人たちでも、友人
家族が宿泊する時の何倍も気を使う。
「何か手伝いましょうか?」と言ってくれても、わざわざチェコから訪れているのだからと、何かと出来るだけ自分でやってしまおうとする私。あまりにも手が
一杯だから、マーティンにちょっとしたことを頼むと、それを弟にさせたりすることもあったので、マーティンのあまりもの頼りなさに(内心)怒りと苛々。お
まけに、後で聞いたのだが、火曜日の朝、私達が朝仕事に出る際に、お母様が、「食器を洗っておくわよ」と言ってくださったのを、断ったらしい。今週が私の
食器洗いの当番と知っていながら!
火曜日、二人だけになったときに、ぷっつり切れました。私は。
マーティン曰く、「食器洗いを断ったのは、君が、僕が弟に頼むのを不快そうにしていたから、お母さんに食器を洗ってもらうと、君が怒るかと思って断ったの
だよ。」
これを聞いて、さらに切れました。私は。全く私の立場を分かっていない!家事量が多すぎて大変でも、夫のご家族に気軽に色々頼めない私を思いやって、私の
気付かない所で、せめてご家族のご好意に甘えてくれることぐらい出来ないのでしょうか!!!
マーティン:「僕はもう少し君をチェコ人化しないといけない。義理の家族を恐れているのは、チェコでは、夫のみ。チェコでは、日本のような、妻と義理の家
族間の関係は存在しないんだから。」「こんなに文化が違う僕だけど、まだ愛してくれてる?」
頭では分かっているのだけど、日本で育ち、母と父の母との関係を見て育った私。そう簡単に、感情を切り替えられない自分に、自分ながらびっくりさせられた
瞬間でした。海外生活10年。職場では、世界各国から来た移民を含むアメリカ人と接し、家庭では元社会主義の国出身のヨーロッパ人の夫と生活し、発展途上
国にも1年間暮らし、文化や考え方の違いには結構上手に対応できるようになったと思っていたのに。(マーティンの前では認めないが-笑)まだ修行が足りな
いなあと思った瞬間でした。
というわけで、私の機嫌を戻すために「明日の一日は、君のための日。君のやりたいこと、行きたい場所、何でも選んでね!」と言ってくれたマーティン。より
にもよって、マーティンの嫌いなショッピングモールと海老の両方を含む場所を選んだ私なのでした。
お店の前のベンチで一枚。映画のシーンのように、スニーカーと、バックとチョコレートの箱が備えてありますね。
7月1日
一家でセーリング
病気の体に鞭を打って、マーティンは、ご家族をセーリングに連れて行きました。風も気持ちよく、親子4人ボートで水入らずのひと時。皆さんとても楽しそう
でした。ところで、私はというと、湖の周辺でルツカとのんびり。数年前のセーリング旅行で吐いて以来、セーリングが嫌いになってしまったので。