Diary 2005 (前半)
おすし作り
2月12日
アメリカで結構役立つおすし作りの技。そんなに難しいわけではないが、友人や同僚に重宝される。今日は、同僚宅でおすしを作ってきた。日本好きな、同僚と
そのパートナーは、昨年3月に日本を訪ねて以来、日本文化にはまってしまっている。私たちのために、わざわざ日本式のテーブルと座布団のセッティングをし
てくれた。
バンクーバーでの一週間
2月13日-18日
バンクーバーに一度は行きたいと思っていたのもあり、この度、ビザの更新をバンクーバーですることにした。海あり山あり、そして、何と言ってもカナダ!将
来住んでみたいと思っていた街でもあるので、視察がてらに一週間滞在した。とは言え、仕事の関係のニュースレターの原稿の締め切りが迫っていたこともあ
り、原稿を書きながらのバケーション。地元の人に、市内の色々な地域の家の値段の相場を聞いたり、知り合った日本人の女の子と一緒に観光したり、アメリカ
に長くいすぎて、もうドイツ社会に適応できなくなってしまったドイツ人の人とお昼を共にすることになったり、面白いひと時だった。バンクーバーは、とても
コスモポリタンで、住みやすそうなところだと感じた。
ブリティッシュコロンビア大学にて
カナダは、先住の人たちの文化や伝統
をとても大切にしているのが感じられます。
チェコのMardi Gras(ドジンキ)
3月5日
地元のチェコスロバキア協会(Sokol)主催の、ドジンキという伝統的なお祭りに行ってきた。現在のチェコでは、ほとんど途絶えてしまったこの伝統行事
は、特に私が楽しみにしていたのだ。伝統衣装を着た人たち、もちろんチェコの先祖を持つアメリカ人たちだが、による踊りが最も印象的だった。マーティン
は、別のバンドに合わせて、ポルカを踊ったりしていた。そうしたら、65歳ぐらいの女性が話しかけてきて、「あなたの踊り方を見ていて、もしかして、チェ
コから来た人なのではないかと思ったのよ!」と言った。さすが!その女性は、両親の世代にチェコからアメリカに移住してきたそうだ。Sokolの会員は、
現在ではチェコ人を先祖に持つアメリカ人がほとんどになってしまっているため、「本物の」チェコ人のマーティンは皆の賞賛の的になっていた。そしてまた、
いつものように、お年寄りの女性からダンスに誘われていた。
更には、その伝統舞踊のグループに加入しないかと誘われたマーティンは、「美紀が一緒に加入するならいいけど。」なんて答えていたため、私まで、伝統舞踊
のグループに誘われてしまった。嬉しかったのだけど、いくらなんでも、東洋人の外見であの衣装を着て踊るにはちょっと違和感が。私の外見であの衣装で踊ろ
うものなら、皆の視線を一気に浴びてしまうのでは!「そんなの関係ないわよ!最近私たちのグループにはイタリア系の人もいるから。」なんて言ってくださっ
たが、イタリア人はやはりヨーロッパ人で、私とは違いのレベルが異なる!
伝統舞踊に引きずり込まれてしまった
マーティン
イースター
3月27日
ドイツから友人のリサが彼氏のアレックスを連れて訪ねてきた。まだ雪が残っている北部の州立公園でハイキングをしてきた。アレックスは東ドイツの出身で、
現在ライプチヒに住んでいる。音楽好きの彼には、最高の場所である。音楽家の話に花が咲いた。同じドイツの人でも、リサは西ドイツ、アレックスは東ドイツ
で育ったため、話を聞いていると外国人同士のカップルのようだった。マーティンとアレックスのほうがよほど同国出身のようだった。イースターの日だったこ
ともあり、ドイツからとても美味しいイースターチョコレートを持ってきてくれ、今回は雪に隠して宝探しゲームをしたりした。アメリカのイースターのチョコ
レートは、甘いだけの最悪な品質なので、私もマーティンも非常に喜んでしまった。さて、アレックスの話に戻るのだが、リサによると、彼は太陰暦を生活のリ
ズムにしていて、それに基づいて植物に水をあげたりしているとのことだ。日本だって太陰暦のことなんて考えて生活している人なんて今どきいないのに!彼の
外見からは想像しがたく、大笑いしてしまった。
会議!
4月29日
今年は、大学中の職員の代表から成る、ある委員会の会長をしていたので、その委員会の主催する会議の総責任者としてこつこつ頑張ってきた。会場のホテルの
予約から、昼食のメニューの選択に支払い、登録から、セッションの内容から、すべての分野で委員会のメンバーの活動をコーディネートしていたのだ。その成
果が実る今日!緊張の一日だった。おまけに、表彰式の前には、スピーチをすることになっていて。アメリカ人の同僚でもなかなかやりたがる人のいないスピー
チ!「どうしてこんなこと受け持ってしまったのだろう、控えめにしておけばよかった」と思う反面、「こんな機会は逃せないわ」と積極的な自分が顔を出す。
そういえば、5月に会長を引き受けたときも同じだった。控えめにしておいた方がよいという日本的な声と、せっかくの機会だから大変だろうけど挑戦してみた
らいいじゃないという、ずうずうしい自分がいて、気が付くと「イエス」と言っていたのだった。まあ大変だったが、会議も無事に終わり、同僚たちからもいい
コメントをもらい、どっと疲れが。抜け殻のようになって帰ってきた私をマーティンがとてもよく励ましてくれた。
ドリアンの恐怖
5月7日
悪臭で名高い、あの東南アジアのフルーツ、ドリアン。ものすごい悪臭がすることは、人づてに聞いていた。今日は、マーティンがそのドリアンをどうしても一
度は食べてみたいということなので、勇気を出して2人で買ってみた。夕方、隣のジェームズまで誘って、ドリアンに包丁を入れると。。。。。それはもう、も
のすごい強烈な臭いが。マーティンとジェームズは、臭いとぬるぬるした舌触りに一気に食欲を失くしてしまった。かわいそうに。その後、すぐに捨てたことは
言うまでもない。