Diary 2004 (前半)
雪かきとsnow
emergency
1月25日(日)
今年は、異例なほど雪がたくさん降るため、家に住んでいる人たちにとっては雪かきが日課のようになっている。アパートメントに住んでいる人たちは、管理人
が大抵雪かきをすることになっているので、どんなにたくさん雪が降っても雪かきとは縁のない生活。人事だった雪かきも、今年からは、私たちの日課になって
しまった。雪をほおっておくと、少し気温が上がったときに解けて、それがまた気温が下がったときに氷になってしまうので危険なのだ。だから、自宅の前の雪
をきちんと片付けて、通りがかる人たちが心地よく歩くことが出来るようにするのが市の法律になっている。なおざりにしているのを市にレポートされてしまう
と、罰金を取られることもある。
ちなみにこの冬気がついたのは、ブロックの角の家に住むと雪かきの量が2倍になるということだ。角の家でなくってよかったぁ。
家ではマーティンが雪かき担当。その間に私が温かいお茶でも用意してあげる。ところで先日、マーティンが雪かきを終えて家に入ってきた。"Miki,
come and hug me!" なんて言っているので、きっと体が冷え切っているのだろうと思って、 hugしてあげたら、
何だか背中に冷たいものを感じた。一瞬いつものように私の背中に手を突っ込んで暖めているのだと思ったが、冷たさの度合いが違う!何と、屋根からもぎ取っ
てきたツララを私の背中に当てていたのだ!その日たまたま落ち込んでいた私に、マーティンは、"I wanted to make you
smile!"
"チェコにはツララの恋人という表現があって、よく恋人同士でツララをあてて楽しむのだ"(本当なのかどうか)等と言って笑っていたのだが、私の方は完全
に動揺。
音を立てて食べる?
2月3日(火)
子供のときに両親から音を立てて食べないよう厳しくしつけられたマーティン。そんなマーティンの所属する研究室は留学生で一杯。そのなかに、ぺちゃくちゃ
と音をたてて食べる人が二人いるらしく、気になって仕方がないとマーティンは家で愚痴っていた。自分が子供のときに、絶対にしてはならないこととして、あ
れ程厳しく躾けられたことを、いくら文化が違うとはいえ、大の大人が人前で平気でしているのが、とても気になるらしい。そのうちの一人の、去年の秋にイン
ドから来たばかりの留学生。私もお昼を一緒にしたことがあるが、確かに露骨に口を開けて食べていて、ペチャクチャと音がしていた。それでも、本人の前で指
摘できなかったマーティンにチャンスが訪れた。
ある日、マーティンと彼は食習慣の話をしていた。彼はマーティンに "豚肉のような美味しくないものをたくさん食べるなんて!"
とからかった。(ご存知のように東欧では豚肉をよく食べる。) そこですかさずマーティンは
"でも、君はその美味しくない豚のような食べ方をするよね!" と言ったそうだ。家でその話を聞いた時、おもわずおかしくて大笑いしてしまったが、同時
に、そんなことを言って相手を怒らせなかったのだろうかと聞いた。マーティンは冗談として言ったらしくて、インドから来た彼も怒っていなかったとのこと
だ。それにしてもきついジョークだよね。私にはそんなことは言えない。
学生のプライバシー
2月20日(金)
アメリカの大学では、18歳以上の学生のある特定の情報が、FERPA (Family Educational Rights and
Privacy
Act)という国の法律で保護されている。大学が公開してはいけない情報としては、成績、コースワーク、クラスのスケジュール、テストの点数、
advising
records、学生番号、誕生日、性別、写真、奨学金受給、学費の支払いについての情報が挙げられる。この法律のために、保護者に、学生の成績やとって
いるクラスについて話すことは禁じられている。もしこの法律を破ると、学生が大学を訴えることができる。訴えられて、その事実が認められると、大学が国の
財政補助を受けられなくなるといったとんでもないことが起こるので、大学の職員は情報公開についてのトレーニングをみっちりと受ける。
この法律のために、保護者が自分の子供が頑張って勉強しているのかどうかを大学のオフィスを通して知るためには、学生が"Request to
Release Student
Information"という書類に、誰に(両親の名前)どの情報の公開を許可するのかという内容を書いてサインしないといけない。うちのオフィスで
も、ある学生の父親が、電話で自分の息子をよそおって息子の学業のことを聞き出そうとしてばれてしまった。それにもかかわらず、恥ずかし気もなく、平気で
オフィスを出入りしているという、世にも恐ろしいことが起こっている。ずうずうしさという面では、アメリカは、世にも恐ろしいことが日常茶飯事に起こって
いると言っても過言ではない!両親の言い分としては、自分が子供の学費を払ってあげているのに、どうして子供の情報を得られないのかというのが共通なのだ
が、それでも、学生がサインした書類無しでは情報を公開できない。日本人の私にはとんでもないシステムだとしか思えないのだが、皆さんどう思いますか?
さて、この法律の弊害でとてもショックだったことがある。まだアメリカに来て間もないときに、ある日本人の友人から聞いた話なのだが、痩せたい願望から拒
食症になった学生の女の子がいて、大学のカウンセリングに長期かかっていた。精神的にもかなり危ない状態になっていたにもかかわらず、大学からはその情報
を両親に提供できなかった。あまりにも見かねたルームメートが、両親に連絡を取り、状況を知らせてからは、両親が積極的に彼女を訪れたり、様々な精神科を
あたってみるなど、積極的に治療にかかわるようになったが、そのときはもうすでに手遅れ。2ヵ月後に彼女は亡くなり、私の友人は、ある晩、救急車でその女
の子の遺体が運ばれているのを見て、何て国なんだろうと思ったと言っていた。
個人主義の弊害を感じさせられることが去年の秋にもあった。10月に、大学の近所にある3階建ての家が火事になり、その家を間借りして住んでいた学生のう
ちの3人が逃げ切れずに亡くなってしまった。3人とも、私の所属するCollege of Liberal
Artsの学生だったため、職場では大騒ぎ。そのうちの一人は、私の担当の学生だったので、ニュースを聞いた時はショックで落ち込んだ。さらにショックを
受けてしまったのは、その3日後の大学の新聞の記事。同じ家に住んでいて、3階から飛び降りて何とか助かった男子学生をインタビューしたものだった。その
学生のコメントは、”僕は3階から飛び降りて何とか助かった。自分が助かったのがとてもうれしく、犠牲になったハウスメートに比べるとなんて自分は運がよ
かったんだろうと思っている日々だ。”ということだった。こんなことを公の場で発言するなんて何て無神経な学生なんだろうと驚いたと同時に、こんなコメン
トを一万人ぐらいの人たちが読む大学新聞に載せる神経が私には理解できなかった。
Ski Trip to Lutsen
3月5日―7日(金―日)
今年の春は、ニューメキシコを旅した去年の春とは異なり、これといった旅行を計画していない。でも、何となくどこかに行きたくなったので、週末を利用し
て、スペリオル湖の北岸のLutsenにスキー旅行に行くことにした。
Lutsenはミネアポリスから車で5時間程北にドライブした所にある、ダウンヒルスキーのメッカ。Lorenzoと
Nicoleを誘って4人でダウンヒルとクロスカントリースキーの両方を楽しんできた。
こんなこけ方をすると、起き上がるのが大変!
ダウンヒルでは、初級者用のコースをたどって行くつもりが、(方向音痴のマーティンに頼ってしまったせいか)気がつくと、最上級者用のコースに迷い込んで
いた。今回で、ダウンヒルは2回目の超初級者の私。見下ろすと足がすくみ、完全に同様。その端で、マーティンが、”ゆっくり滑れば絶対に大丈夫だし、こう
やってロープで僕と繋いであるから、あとは勇気を出すのみ!” なんて暢気なことを言っている。結局、怖すぎて歩いて丘を降りた。マーティンは私に付き
添って、初心者用のコースをゆっくりと滑ってばかりで、きっと退屈だったに違いないと思うのだが、それでも君を一人にしたくないし、君に上達してほしいか
らと、優しく付き添っていてくれた。最上級者用のコースに迷い込んだことを、同僚に話すと、皆信じられないという感じで恐れおののいていたし、”それで、
いつ彼と口を聞くようになったの?”なんてジョークを言ってきた人もいた。とにかく、骨折やけがが無く無事にミネアポリスに帰ってこられたのは上出来とい
うことでしょうか。
滑った後はジャグジーでひと休み
ところが、ジャグジーでリラックスしすぎて、その後の夕食の最中に眠ってしまった変な私。
すーっと全身の力と緊張が抜けていき、自然に眠りについてしまったのだが、こんな経験は初めて。スキーとジャグジーの組み合わせに何かがあるのかも。今回
宿泊した ロッジ
は、レストランが最高だった。スウェーデンの建築家による北欧風の建築様式ということで、木をふんだんに使った簡素でとても落ち着く建物だった。
Tapping Maple Trees!
3月14日(日)
市内から一時間ぐらいの所にあるWild River State
Parkが毎年主催する、メープルシロップ作りのプログラムに参加した。今日は木に穴を開けて、蛇口のような物を差込み、樹液を集めるためのバケツをかけ
る作業だった。実際の作業の前に、公園に勤務するNaturalistの方が、ビデオを使ってシロップ作りの歴史や、メープルの木についての説明を詳しく
してくださった。春、ここでは大体2月の終わりから3月の初め頃、日中暖かく、夜零下の気温になる日が続きだす頃に樹液が木の中を循環する。そのときが、
樹液を集める絶好の機会だとのこと。
NaturalistのDaveさんの指導をもとに、木に穴を開ける。
Naturalistという職業を始めて聞いて、
どんなことをするのか、どういう経歴が必要なのか等色々伺った。簡単に言うと、パークの生態系を保持し、今回のような、自然教育のプログラムを提供し、生
態系について教育していく仕事らしい。私たちも、今回、単に木に穴を開けてバケツをかける作業のみならず、伝統的にメープルシロップを作ってきた
Native Americansの人たちの生活や、樹液収集方法までビデオで教わった。楽しそうな職業だと思いませんか?
Nice to Meet You! - Spring!
3月20日(土)
雪も溶けて、ようやく春が近づいてきてるのかもと感じられるここ数日。今日は、庭の花壇にお花の芽が出てきているのを発見。とても嬉しくなった。私たちが
植えた覚えのないお花の芽も出てきて、"Hi! Nice to meet you, but who are
you?"と思わず言ってしまった。秋に引っ越してきたときには、花壇は雑草で荒れ放題だったため、私たちが雑草を引き抜いて、耕して手入れをしたという
のに、前の住人が残していった球根が芽吹いたようだ。春の訪れが感じられるとても心温まるひとときだった。それ以来、毎日のように日々の成長を見守る私。
職は人を変える?
3月27日(土)
Twin Cities Public Televisionのfund
raisingの部署で働いている親友Amandaと久々に会った。ミネアポリスに引っ越してくる前に、Johnson &
JohnsonやCarnegie Hallといった有名な会社や組織の fund raisingを担当してきた彼女。Film
makingにも興味があり、その学校にも通っていた。そんな彼女が、最近テレビ局での fund
raisingのポジションを得て、自分の経歴と創造性をフルに活用できて、とても充実しているようだった。話を聞いていると、オフィスには、セサミスト
リートのキャラクターの飾りがあったり、彼女の部署の職員全員の机にテレビが設置されているとのこと。職場から支給される、名詞のケースもセサミストリー
トの絵が。何て創造性と遊び心のある職場なんでしょうと感心してしまった。私の職場には考えられないオフィスの環境。大学で長く勤務すると、遊び心を創造
性が失せていくのかもなんて思ったひとときだった。
メープルシロップ作りに挑戦!
4月3日―4日(土―日)
3週間前に集めたシロップを煮詰めてシロップを仕上げることになっていたので、週末再びWild River State
Parkに戻った。今回はマーティンの友人のLenkaさんと娘さんのRenataを誘って4人で出かけた。チェコ語が行き交う中をマーティンが気を使っ
て出来るだけ訳してくれたが、慣れない外国語を長時間聞いて、頭痛になったりもした。参加者が2時間づつ交代でシロップの煮詰め、あくを取る作業を行うこ
とになっていたが、私たちの番が来たにもかかわらず、前の人たちが残っていたり、通りがかりの人たちが参加してくれたりしたので、色々話せて楽しかった。
もっと写真を見たい方は こちら からどうぞ。
本格的なイースター
4月11日(日)
先日知り合ったLenkaさんとRenataと共
に、チェコの伝統に基づいた本格的なイースターのお祝いをした。今回は
bee waxを使ったegg painting とともに、玉ねぎの皮を使った
paintingを初めて教わった。また、本格的なイースターのパン作りにも挑戦。ここで、そのプロセスを紹介したい。
玉ねぎを使ったegg
painting
1.卵の上下に針で穴を開ける。(
写真1 )
2.息を吹いて中身を出す(
写真2 )
3.草花を水で少し濡らして卵に貼り付ける。( 写真3
)
4.ガーゼか、もしくはストッキングで包む。(
写真4 )
5.玉ねぎの皮を煮込んだ煮汁の中に卵を入れてしばらく弱火で煮る。(
写真5 )
6.鍋から取り出して、ストッキングと草花を取り外して出来上がり。草花を貼った部分が模様となる。(
写真6 )
パン作り
1.生地を作る。
2.暖かいところで2,3時間ほど寝かせる。私は、暖房の前に、ダウンジャケットで包んで寝かせた。
3.出来上がった生地をいくつかのパートに分けて、棒状にし、それを三つ編みにする。三つ編み3本を重ねる。(
写真1
)
4.オーブンで一時間ほど焼くと出来上がり!
チェコの伝統では、女の子が男の子に卵をあげて、そのお礼に男の子はやわらかい柳のような木の枝を編んで作った鞭で女の子を叩くことになっている。この日
のために、マーティンは市外の公園にでかけて、この鞭に適した枝を取ってきた。緑の葉が少し芽吹いている枝は、とても春を感じさせる。
豚肉のしょうが焼きを披露した。チェコでもマーティンのご家族の
間で大好評だったからだ。案の定、 Lenkaさんと
Renata
もすさまじい量を食べつくしていた。チェコ人は豚肉のしょうが焼きが大好きなようだ。残りを夕食で食べようと楽しみにしていたマーティン、期待が外れて少
しがっくり。
この日の写真はこちらからど
うぞ!
高等教育の国際化
(4月15日ー17日)
ミネソタ大学はStudy Abroadの
Curriculum Integration を大学レベルで推進しており、
高等教育の国際化では全国の大学の中でもリーダーシップをとっている。私のもと勤務先、 Learning Abroad Center
(留学プログラムを運営する部署)が中心となり、大学内の学部学科、そしてアドバイザーたちと連携して、学生の専攻カリキュラムに短期もしくは長期の留学
プログラムを組み込むことをゴールとしているのだ。前代の学長が、学部生の50%がどんな形であれ留学を経験することをゴールとして設定したほどである。
それに対応して大学各部署の職員たちが
Curriculum Integration
Committeeを組んで学生の留学を推進している。私は、
Multicultural Study Abroad Committee に加わって、有色人種の学生のstudy
abroadの促進に少しだけながら携わっている。その成果の披露とも言うべき、Study Abroad
Curriculum Integration Conference
が今週行われ、全国からその分野の方たちが集まり、とてもよいprofessional
developmentの機会となった。また、国際教育の分野で活躍している、大学院時代のクラスメートや当時のTAの方たちと久々に会うことができた楽
しいひと時でもあった。
その中でも特に印象に残ったのは、私の大学院時代の恩師でもあるDr. Josef
Mestenhauser
のセッション。高等教育の国際化の秘訣は留学生の経験から学べるというテーマ。アメリカ人の学生たち、特に白人の中流階級の学生たちは、外に出て行くこと
ばかりに価値をおいて、国内にいる留学生や移民の人たちとの接触には興味がないのが典型的。そういう、国際教育が抱える問題にぐさりと釘を刺すような歯切
れのよい彼の主張に感心した。アメリカの国際教育の第一人者の彼は、実はチェコスロバキア出身。共産主義から逃れるために遠い昔にアメリカにやってきた時
は、学生をしながら、スキーのインストラクターをしていたそうだ。彼のセッションを聞きながら、学生時代にとった彼のクラスの凄まじいreading
materialsの量や、take home examの難しさなどが蘇ってきて、何だかとても懐かしかった。
ガーデニングの実態
(4月20日)
チューリップやスイセンの花が咲き誇る今日この頃。あの昨年の秋の努力の成果が感じられるとともに、かわいらしいお花を、毎日通勤前と帰宅後に眺めていら
れるのが嬉しい。しかし、花の成長のみならず、雑草の成長も著しい今日この頃。そんなある日、近所のコミュニティーガーデンの情報が届いた。野菜を植える
のにはいい場所かもと思った私は、コミュニティーガーデンに参加するのはどうかしらとマーティンに提案してみた。その途端に、少し不機嫌になったマーティ
ン。”僕たちは自宅のガーデンすらきちんと手入れできていないと言うのに、どうしてコミュニティーガーデンのことなんて考えられるんだ!” とあきれた様
子。”えー、私たちのガーデンは全く問題ないわよ。きちんと手入れしているじゃない!” と言い返す私。
抜いても抜いても伸びてくるたくましい雑草たち。私は、ガーデンの背景が茶色から緑になり、春らしくて生命力が感じられていいなあと呑気に思っていた。一
方、マーティンは、”こんなガーデンは恥ずかしい” と思いつつも、忙しくてなかなか思ったように草抜きが出来ないことに苛立ちを感じていたのだ。ガーデ
ニングが今年初めての私は、事の重大さが分かっていなかった。そして、マーティンの方は、私の感じ方を理解していなかったのだ。終いには、お互いの、あま
りにもの感じ方の違いと私の無知さに大爆笑だった。
ここでは、うさぎが、雑草よりもパワフルなガーデニングの敵として知られている。お花を食べて回るからである。といっても、すべての花を食べるわけではな
く、特定の花を好んで食べて回るのだ。それも大抵夜に。うちも、スイセンは全く手をつけられなかったが、いくつかチューリップをかじられてしまった。最初
に発見したときはショックで。でも、マーティンはfood chainだから、仕方がないねと、全く悲しくない様子。
そういえば先日、地下室の整理をしていたら、去年の冬に買って使うのを忘れて、袋に入れたまま地下室に放りっぱなしになっていたラッセルポテトから、にょ
きにょきと芽が伸びているのを発見。それも、ビニールの袋を突き破って、30センチ以上ものびていたのだ。それを見た私は同様!アップタウンでのウインド
ウショッピングに出かけようとしていた矢先だったにもかかわらず、キャンセルして、さっそく裏庭に植えたのだ。生きとし生けるものを見殺しにしてはならな
いと。そんな私の同様ぶりを見て、マーティンはいつも楽しんでいるのである。
穏やかで平和なイメージを抱いていたガーデニング。その実態は、日々刻々と変化し続ける植物たちに一喜一憂し、振り回されている。
ワイオミング旅行
(5月21日-31日)
忙しかった仕事も一段落ついたので、 友人と3人で、ワイオミング州のGrand Teton National Park Yellowstone
National Parkに行ってきた。とても美しい所だった。詳しくはこちら
から どうぞ!
カルチャーショック!
(6月10日)
アメリカ人ともうすぐ結婚する友人の話がもとで、彼と、結婚後の名字の話になった。私の名字は、英語で説明すると、同僚などが何て詩的な名字なんでしょう
などと誉めてくれるので、結構気に入っている。マーティンは、もし私たちが結婚することになれば自分の名字になってほしいと思っていて、私も夫婦同姓のた
めに、得体の知れないチェコの名字になっても、それはそれでまあいいやと思っていた。彼の名字Vysohlid(日本語で表記するとヴィショーフリッドと
でも言ったとこでしょうか。)の最初の部分は、ロシア語のヴィソ-キー(高い-長さの意味で)という語源から来ていることもあり、背の低い私にはちょうど
いい名字なのかも、などと簡単に考えていた。しかし、そんな私も、今日は大カルチャーショックを受けた。
チェコの習慣では、名字にも男性の名字と女性の名字というものがあるそうだ。例えばVysohlid家の女性はVysohlidova(ヴィショーフリー
ドヴァ)という名字に、ザイチェク家の女性の名字はザイチコヴァというふうに終わりに”オヴァ
(ova)”を付けるのが共通のようだ。ということは、もし私が彼と結婚したら、私の名字はVysohlidではなくVysohlidova(ヴィショー
フリードヴァ)になるのだ。
(私)それだったら、夫婦同姓の意味ないじゃない!結婚しても夫と同じ性を名乗れないなんて……
日本やアメリカでは同姓の方が自然なのよ。そんな大事なこと、どうしてもっと早く言ってくれなかったの!名字にまで性があるなんて、もうショック!結婚す
るのだったら、ヴィショーフリードヴァじゃなくて、ヴィショーフリードの方がいいよお。短いし、発音しやすいし。好きな方選べる?もしかして、あなたのお
母さんの名字はヴィショーフリードヴァなの!!
(彼)もちろん………そんなにbig dealなこととは考えてもみなかったよお….
でもねえ、チェコでもし君がヴィショーフリードと名乗ると、何だかとても変な感じなんだよ。日本で、女の子の名前が"たけし"というのと同じくらい。
(私)えーーー!そんなあ!女の子の名前にたけしというのはあんまりだわ。でも女性にヴィショーフリードという名字は、私には自然に聞こえるのだけど。
(彼)…………。でも、どうしてもヴィショーフリードの方がいいのだったら、選ぶことできるよ。チェコの皆も、君が外国人だから、変でも当たり前というふ
うに思ってくれると思うから、大丈夫大丈夫。
興味を持った私は、スロバキアから来た、一緒にワイオミングに行った友人ユーロに聞いてみた。彼の苗字は"Huska"なので、”もしかして、あなたのお
母様の名前はHuskaovaと言うの?” と聞いたところ、Huskaova (フースカオヴァ)ではなく、Huskova (フースコヴァ)
というらしい。文法的に説明すると、”あ” で終わる苗字は”あ”を取って、”オヴァ”と付けるのだ。更に彼いわく、”オヴァは、"belonging”
を意
味するんだよ。つまり、夫のbelonging。” それを聞いた私は、更に大ショック。
”マーティンはそんなこと全く教えてくれなかったわよ。Belongingなんて嫌だあ。男女平等の理念に反するわよ。フェミニスト的なアメリカ人の女性
だったら、特に嫌がると思う。” ユーロも結局何も言えない状態。
さらに、ポーランドから来た友人カップルに聞いてみたところ、
ポーランドでは若者の間ではもはやそんな習慣はないそうだ。うーん。
だが、コツをつかんだ私は、日本の苗字をチェコ風に変えたりして
楽しんでいる。岩田さんは、イワト―ヴァさん。中村さんは、ナカムロ―ヴァさんといったように、結構面白い。
とにかく名前のことを話し出すと、認識の違いがぞくぞく出てくる
私たちの会話。そういえば、ずっと前に彼が男の子だったらHinkなんていいねえと言った時に、すぐに私の頭の中に浮かんだのは”貧苦”。Poverty
and
suffering、そんな名前はやめようと言った。私が、女の子にはNatashaやLenaという名前がかわいいというと、彼は、何だかいかにもロシ
ア人ぽくて嫌だといっていた。そして何と、チェコを訪ねた時に発見したある全国規模の会社の名前はAkumaだった。
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